ナリワイ起業家!伊藤洋志さんの”古くて新しい”働き方がアツイ

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今とても気になっている人がいる。「ナリワイ起業家」としてメディアからも注目されている、伊藤洋志さんだ。ぼくが伊藤さんのことが気になっている理由は、伊藤さんの職業観がとても”ユニーク”だからだ。

現代社会は職業の分化・専門化が進んでいて、ある特定の分野のごく”かぎられた仕事”に従事するのが”ふつう”のことになっている。

でも伊藤さんはいろんな仕事をじぶんで探してきて、あるときは床板を張る職人になったり、あるときは畑で野菜を収穫する農夫になったり、あるときはモンゴルで馬に乗ったりする。

いまの時代は、あまり職を転々と変えると、よろしくないといわれる風潮があるけど、伊藤さんにとっていろんな仕事に従事することは、いたってふつうのこと。伊藤さんは、そんなじぶんの仕事のことを「ナリワイ」とよんでいる。

「ナリワイ」は「生業」と書き、くらしを立てるための仕事のことをいう。世間一般で生業といえば、ひとつの仕事のことかもしれないけど、伊藤さんにとっては、べつにそれがひとつである必要はないわけだ。

ところで、伊藤さんのように、いろんなことをやって生計を立てている働き方は、いっけん新しいようだけど、あらゆる国で職業の分化と専門化が進むまえは、みんな伊藤さんのように、いろんなことをやって生きてきたとおもう。

たとえば、農村の暮らし。人々は農業がいそがしい農繁期には農業に精をだし、農作業がない農閑期には陶芸をしたり、日常の道具をつくったりしてきた。つまり、むかしの農村で暮らす人は、農夫であり、芸術家であり、職人でもありえたわけだ。

生活全般のことをぜんぶ自分たちでやらなければいけなかっただろうから、むかしの人たちはじつにたくさんのことを生業にしていたにちがいない。それこそ、衣食住にかかわることは、ほぼ自分たちでやらなければいけなかったはずだ。

自然とともに生きる人たちにとっては、生きることのすべてが生業だったともいえなくもないだろう。

以前、関東の山奥の農村で暮らす男性から、むかしの農村の人々は、お金を稼ぐことと、暮らしにかかわる仕事のことを分けて考えていた、という話を聞いたことがある。

かつての農村の人々にとって、お金を稼ぐことは「稼ぎ」であり、それはいわゆる「仕事」とは別物だったいう。

仕事には、ただお金を稼ぐ仕事だけでなく、台所仕事というものもある。

いまでも、梅雨のころに梅ぼしをつくったりすることを「梅仕事」といったりする人がいるが、それはむかしの人々に四季折々の台所仕事があったたことの名残だろう。

それはそうとして、芸術家とよばれる人は、自分がやりたいことをためらいなくやる人が多いので、職業の垣根も低い。

『太陽の塔』をつくったことで知られる芸術家の岡本太郎は、自分の職業を自分で決めるのが嫌いな人だった。彼は絵や彫刻以外にも、文章を書いたり、写真を撮ったり、独学でピアノをおぼえて弾いたりもしていた。

人間には名前なんてないほうがいいといっていたぐらいだから、よっぽど型にはめられるのが嫌いだったのだろう。

時代がめぐって、今また、多様な仕事をする人が増えてきている。それは新しい働き方として注目されるけど、いろんな仕事をするという点においては、かつての農村の人々と変わりはない。

伊藤さんはきっと、そんなメッセージをこめて、世間に向けて『ナリワイ起業家』と名乗っているんじゃないかなと、ぼくは勝手におもっている。

いま働き方の選択肢が増えていることは単純にいいことだ。ひとむかし前とはくらべものにならないぐらいテクノロジーも進化しているから、自分の働き方を自分でデザインしようとおもえば、いくらでもできる時代だ。

働き方改革とか、みんないっしょうけんめいになってるみたいだけど、重要なのは組織がどうあるべきか、じゃなくて、個人がどうありたいか、なんじゃないかな。

その辺のことに気がつくと、みんな伊藤さんのように、わりとふつうにいろんな仕事にチャレンジできるとおもうんだけど。

伊藤洋志さんの公式サイトはこちら

『ナリワイをつくる』
https://nariwaibook.tumblr.com/

*伊藤さんが、どんな働き方をしているのかを、ぜひチェックしてみてくださいね!