お金にこまっても現金が当たるキャンペーンにとびついてはいけない理由

ダーツ

このごろは現金が当たる企業のキャンペーンがブームのようだ。

いろんな企業がつぎつぎにあたらしいキャンペーンを展開するから気になっているひとも多いと思う。

高額の現金が当たると聞けば、知らぬふりができないのが人情というもの。お金にこまっているときなら、なおさらだろう。

だが、本気で高額な現金が当たればいい、なんて夢にも思わないほうがいい。とくに若いうちは・・・なんてお堅いことをいうつもりはない。

これから書く内容は、あまり真面目に議論するような内容じゃないかもしれないけど、ちょっとだけ真剣に論じてみたいと思う。

そもそも、なぜ企業は現金が当たるキャンペーンをくりひろげるのか?

企業がさまざまなキャンペーンにからめて現金をキャッシュバックしたり、現金そのものが当選する企画を展開するのは、キャンペーンに興味をもってもらったり、自社を宣伝したりするためのマーケティング手法のひとつだ。

ふつうに広告宣伝費を支出するよりも費用対効果が高いので、最近ではこういう手法がよく使われる。たぶん、これからも同様のキャンペーンはおこなわれるだろう。

マーケティング手法としては、よく考えられているし、面白い発想だとも思う。だが、安易にそうしたキャンペーンに乗っかるのは危険かもしれない。

お金にこまっても現金が当たるキャンペーンにとびついてはいけない理由

「棚ぼた」的な発想が人生を狂わす

「運も実力のうち」というが、運に期待するような精神状態はあまり健全とはいえない。やはり幸運はじぶんの実力でつかみとるべきだ。

結果として運が味方してくれた、というのはいいけれど、最初から運に期待してはダメだ。

「棚ぼた」的な発想がこころとからだにしみついてしまえば、うっかりすると、気がついたときには依存心がつよくなっていたり、寄らば大樹の陰といったイヤッタラシイ根性が身についてしまうこともあるだろう。

運や他人の力に期待したくなる誘惑は生きているかぎりは常につきまとう。若いうちはいろんな誘惑があるから、とくに気をつけなければいけないと思う。

人からあたえられたものは身につかない

人からあたえられたものは、じぶんが苦労をしていないものだから、ありがたみもあまり感じないものだ。

だから、かりに自分がなんかのキャンペーンに応募して高額の現金が当たったとしても、たぶん、つまらない買い物かなんかして、すぐに全部なくなっちゃうような気がする。

人からあたえられた財産、人からあたえられた家、なにも苦労せずに継承した家業・・・そういうものは、あぶく銭みたいなもんで、すぐに消えてなくなるのがオチだろう。

会社の場合だと、一代目は苦労しているからちゃんと真面目にやるけど、若旦那みたいなのがニ代目になると、従業員の心がはなれていって、事業がちょっとずつおかしくなる。そして完全に裸の王様の三代目が会社をつぶす。

もらえるものは、ありがたく素直にもらっておけばいいと思うけど、それで勘違いしちゃうようなひとは、逆に不幸だよね。

射幸心を他人に利用されるようになる

射幸心は、「幸せを射とめようとする心」といえばわかりやすい。

しあわせになりたいという気持ちは、多かれ少なかれ、だれでももっているものだし、かならずしも悪いものともいえない。

けれど、しあわせの基準を他人と比較するようになるのは、ちょっとまずい。そういう心理を利用して金もうけをしようとする人間が無数にいるからだ。

たとえば、ネットゲームに夢中になって大金をつぎこんでしまう若者がふえているようだけど、あれなんかは射幸心をうまく利用しているビジネスだ。

自分がほしいカードが当たるかどうかは完全に運営会社にコントロールされているというのに、自分が他の人よりも優位になりたいという気持ちのほうがつよくなると理性がだんだんとはたらかなくなってたくさんお金をつかっちゃう。

射幸心を利用されやすいひとは、世の中のことをなにも知らない純粋な若者か、射幸心をあおられやすい下地があるひとのどちらかだろう。

他人に射幸心を利用されないための自己防衛策として、日ごろからよっぽど気をつけておかないと、他人につけこまれるスキをつくってしまうことになるような気がする。

そういう意味では、うかれたはなしだとか、うまいはなしだとかには、とびつかないないほうが身のためだろう。

おわりに

ここまで書いておいて、なんでこんなことを書きたくなったのかなと思った。

企業のキャンペーンにとびつこうがスルーしようが、そんなのどうでもいいことじゃないかって。われながらツマラナイことを書いてしまったと思った。けっきょく何がいいたかったんだろうと。

よくよく考えた。そして思った。

これってぜんぶ、夢ばっかりみて立ちどまってた20歳くらいのときの自分にいってやりたいことだったんじゃないかなって。

夢やしあわせは、ひとつひとつ自分の手でつかむものなんだゾー、ってね。