弥彦の古民家カフェ「社彩庵ひらしお」をたずねる

社彩庵ひらしお

弥彦神社の門前で土産物屋とカフェをいとなむ社彩庵ひらしお。古民家再生で生まれ変わった建物を見学してきました。

古民家再生で生まれ変わった築150年の建物

ひらしおは今から約150年前の江戸時代、弥彦神社の宮大工の棟梁だった渡邊宇右衛門によって建てられた由緒ある建物。

その建物がドイツ人建築デザイナー、カールベンクス氏の古民家再生の仕事によって新しく生まれ変わったのが2000年代初めのことでした。

ひらしおの1階は土産物売場、2階はカフェとなっています。まずはゆったりと建物の内部を見学したかったので、さきに2階のカフェにおじゃますることにしました。

階段をあがってまず目にはいってきたのが、古材がむきだしになっているアーティスティックな天井。

ひらしお2階カフェスペースのの天井

奥様のおはなしによると、建築家のカールさんが建物の状態を調べるためにおとずれた際、一目散に2階へかけあがって天井を開け、「この天井はとてもめずらしい構造をしている」と興奮気味にいったのだそうです。

カフェの様子はこんな感じ。

ひらしおのカフェスペース

席に案内され、注文したのはチーズケーキセット。香り豊かなコーヒーと濃厚なチーズケーキを堪能しました。

ひらしおのチーズケーキセット

ケーキをいただいたあとは、カフェにおいてあるカールさんの本をよみながら、ゆったりとした時間をすごしました。

お客さんもまばらな平日の夕方の時間帯だったので店内は静かでした。あまりに居心地がよかったので、ついつい長居をしてしまいました。

うすいピンク色に塗られた壁が照明の光をやわらかく反射させて落ちついた空間を演出している

壁のピンク色の濃さは1階と2階で微妙にちがう(カフェスペースは1階よりもやや薄いピンク色)

カフェでゆっくりしたあとは、1階で土産物屋を切り盛りしている奥様から古民家再生にかけた思いや、古民家再生の秘話などをたくさんお聞きすることができました。

カールさんの古民家再生が話題となった当時、全国から大勢の建築関係者がおとずれたそうです。

最近では若いひとたちも古民家に関心をよせるようになり、古い建物にたいする見方もすこしずつ変わってきているようですね。

生まれ変わった古民家には雪国ならではの寒さ対策も

日本の民家は夏の蒸し暑さをいかに軽減するかに重きがおかれているため、寒さにはめっぽう弱いのが特徴で、それは古民家にもいえることです。

しかし、古民家再生であたらしく生まれ変わった<ひらしお>には、雪国ならではの寒さ対策もほどこされていました。

まず、窓や扉ですが、北国で多くみられるペアガラスがつかわれています。ペアガラスは2枚のガラスのあいだの空気が断熱材の役目をして外の冷気を家のなかに伝わりにくくするはたらきをします。

ひらしおで使われているペアガラスはすべてドイツ製オーダーメイドペアガラス。ドイツでは窓やサッシはオーダーメイドが一般的なのだとか。

2枚のガラスには格子がはさまれている

壁の中には基準よりも厚い幅10センチの断熱材が使われており、外の冷気をシャットアウト。土産物スペースの床には御影石が敷かれていて、その下は床暖房となっていた。

古い家をリノベーションする際に、寒さ対策はまず考えなければならない重要な課題ですが、忘れられていることも多いのも現状です。

それも、やはり古い家は寒いのが当たり前という考え方が定着してしまっているところに原因の一端があるような気がします。住宅の断熱にかんしては、日本は諸外国からまなぶことがまだまだ多そうですね。

人の思いが美しいまちなみをつくり、のこしていく

重厚で趣がある<ひらしお>のたたずまい。外壁につかわれているベンガラ色(赤茶色)は、ひらしおを再生させるときに奥様がとくにこだわった色。 赤松をイメージしたというベンガラ色は弥彦神社の門前にふさわしく、周辺の景観にもとけこんでいる。

今回<ひらしお>をおとずれて感じたことは、家の作り手だけでなく、住む人の思いがあってはじめて美しい建物がつくられ、後世にのこされていくということです。

ひらしおが現在のすがたに生まれ変わったのは、わたしがお話をきくことができた奥様の思いがとく大きかったのではと想像します。

奥様は静かな語り口でしたが、古民家再生について語られる言葉には、ただならぬ思いと情熱を感じました。

最初に相談した地元の業者からは壊すことをすすめられた

奥様が店舗のリノベーションを最初に地元の業者に相談すると、その業者からは古い建物は壊して新しく建てることをすすめられたそうです。

奥様には建物をのこしたいという強い思いがあり、その思いが引き合わせたのが古民家再生を専門とする建築デザイナーのカールさんでした。

いまでこそ古民家再生を手掛ける業者はそれほどめずらしくなくなりましたが、そのころ古民家再生を相談できる業者はすくなかったのではないでしょうか。

ひらしお1階の土産物売場には、古民家再生でよみがえった店舗のまえでほほえむカールさん夫妻の写真が飾られていました。

カールさんの古民家再生では穴の開いた柱もそのまま活用される

古民家再生にかけた思い

ひらしおは代々、弥彦神社とゆかりがふかく、その屋号も神社に由来しているそうです。お店は弥彦神社の門前ということもあり、美しい姿で建物をのこしていかなければいけないという責任感が奥様にはあったのだと思います。

古民家再生にかかる費用は、一般的な住宅と比較しても、けっして安いとはいえません。ヨーロッパあたりでは古い建物に価値を見出す文化的背景がありますが、日本では、施主の強い思いがなければ、古民家再生は相当にハードルが高いものとなります。

古民家再生に踏み切きるというのは、相当の勇気が必要なこと――その現状をかえていかなければ、古民家という価値ある資源はどんどん失われていくことになってしまうでしょう。

古民家という資源をまもり、後世にのこしていくには、多くのひとに古民家の価値を知ってもらい、同時に古民家を保護するための法的整備をすすめていく必要があると感じました。

日本人は宝石を捨てて砂利をひろっている

「日本人は宝石を捨てて砂利をひろっている」

これはカールさんの思いをあらわした言葉です。カールさんが日本に来た1960年代、日本にはまだまだ多くの古い建物がのこっていたそうです。

ところが、高度成長とともに、日本の古い家屋はみるみると失われていきました。

カールさんは日本の大工は世界一の技術をもっているといいます。こと江戸時代の大工の技術はすばらしいと。

古き良きものが市場原理のなかで失われていき、いつのまにか、その価値にだれも気づかなくなる――そんなにさびしいことがあるでしょうか。

カールさんは「古い家のないまちは思い出のない人とおなじ」ともいいます。

今回の新潟の旅で最初におとずれた<ひらしお>では、はからずも、古民家再生の可能性と難しさの両面をみつめることになったのでした。