雨降り

あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン

雨の夜、とつぜんうちにやってきた3か月の甥っ子に、この歌をうたってやったら、うれしそうな顔をしてわらった。

抱きかかえて背中を指の腹でやさしく叩きながら、からだを揺らしてやり、さいしょはゆっくりとした童謡の調子で、機嫌がよくなってきたらポップスやロックのビートでもうたった。

このあかんぼうは機嫌がいいとおとなしくて、ときどき愛想をふりまいたりもするけれど、いちど機嫌をそこねると、さけぶようにして声がかれるまで何時間でもなきつづける。

どうすればじぶんが最大限に愛情をそそいでもらえるのかをすでに知っている。

ポリシーを曲げないところは、なかなか根性があるともいえる。

そのあかんぼうが、この手にかかえられながら、壁にかかったネコの絵のカレンダーをみつめながら、たのしそうにわらった。

絵のなかのネコも、「雨に唄えば」のようなかっこうで傘をさしながらたのしそうにはしゃいでいる。

なんべんも、なんべんも、おんなじ歌をくりかえしうたってやると、そのうちあかんぼうは夜の雨音につつまれるように、静かに眠りについてしまった。

われながら完勝である。

おとこのこはワンパクなほうが可愛いというのは、ほんとうだ。

あかんぼうの4つ年上のおにいちゃんも可愛いいが、この子は生後3か月でおにいちゃんにまさるともおとらないワンパクぶりを発揮している。

将来どんなおとなになるのか、すこしこわくもあるが、やはりたのしみだ。

ん・・・そういえば・・・だれかに似てるな・・・この子・・・

あかんぼうの顔をまじまじとみつめながら考えてしまった。

そうだ・・・!

父だ・・・。

あまえじょうずなところや、いったん不機嫌になるとどうしようもなく手がつけられなくなるところはソックリだ。

よくみると、顔つきもなんとなく・・・。

まあいい。

いつかあかんぼうが年頃になって手がつけられなくなったときは、中途半端にグレないように、ほんとうのグレかたをおしえてやるさ。

この子の両親の将来をおもんぱかって、そんなことをあかんぼうの耳元で忠告しておいてやった。

あかんぼうはことばがわからなくても、ちゃんとおとなのことばをきいている。

そのしょうこに、こちらがなにかを言ったときは、「うー」とか「あー」とかいうへんじをする。

だから、あかんぼうがなにもわからないなどと誤解してはいけない。

なんてったって、「7歳までは神のうち」だというくらいだから、まったくあなどれやしない。

あかんぼうをあやしているときは、こちらがあやしているようで、じつはあかんぼうにあやされているのかもしれない。

あかんぼうのほうも、じぶんがおとなにあやされているなんて、きっと思ってはいないだろう。

たぶん、それはたしかなことなんだろうという気がする。

おとなはあかんぼうを育てているようで、じつは、おとながあかんぼうに育てられているということも、十分にありえるはなしなのである。