寅さん論~もう寅さんのようには生きられない

「男はつらいよ」という映画が、いまふたたび多くの人に注目されている。この映画、若い世代の人たちからもかなりの反響があるようだ。

BSテレ東では「土曜は寅さん」と題し、毎週土曜日の夕方に一作ずつ男はつらいよを放送している。

男はつらいよは全48作だが、それを約1年かけて再放送していて、なんどもそれがくりかえされている。

おなじ映画をそれほどまでに頻繁に再放送しているなんて、すごいことだ。

いまなお多くのひとに愛されている寅さんだが、じつはぼくも寅さんファンのひとりであることを公言している。

面識がないひとと、ちょっと仲良くなりたいと思ったときに、「じつはぼく、寅さんフリークなんですよ」というと意外な顔をされる。

ところで、『男はつらいよ』という映画がいま多くのひとに、とくに若い世代の人たちに注目されているのはなぜだろうか。

ぼくは、寅さんという人物が「自由の象徴」であるからではないだろうかと考えている。

裏を返せば、いまの世の中が、自由のない生きにくい世の中になっているということではないかと。

日本という国は、せまい土地に人が住んでいて、おたがいがおたがいを監視しているようなところがある。

なんとなく息が詰まるというのか、そんな世の中だから、きっと寅さんのように自由に生きたいと願うひとたちがふえているのかもしれない。

寅さんは身内や他人に迷惑をかけながらも、自由に本音で生きている。そういうすがたをみて、多くの人が自分もそうありたいと思うのではないだろうか。

しかし、そう願ったところで、残念ながら、これからこの国で寅さんのように生きることは、もうむずかしいと思う。

寅さんが生きた時代は、いろいろな意味で、いまよりも寛容なところがある世の中だったと思うから。

といってもしかたない。

大事なことは、こんな窮屈で生きにくい時代をどう生きるかについて、それぞれが本気になって考えて行動することではないだろうか。

ぼくは、生きにくい世の中を自分らしく生き抜くすべは、他人の目など気にせずに、やりたいことを自由に堂々と、元気よくやることしかないと思っている。

ときには寅さんのように、風が吹くまま気の向くまま、じぶんのこころに素直になって、あまりむつかしくかんがえずに、純粋な気持ちで、やりたいことをやりたいようにやり、つたえたいことをつたえたいようにつたえてみればいいだけなのだと思う。

生命力は、世の中の「常識」ばかりを気にして生きていたら、どんどん小さくなっていってしまう。

そうならないためにも、じぶんが本来生きたいように生きるべきだろう。そうすることが、世の中を明るくすることにもつながっていくはずだから。