「イヤシロチ」と「ケガレチ」

図書館で家づくりの本を読んでいたら、自分のなかに衝撃が走るような気づきがあった。それも、点と点がつながるように、いままで家づくりに関して疑問に思っていたことが、すべて解決してしまうような気づき。 その気づきというのは、住...

テレビとスマホの電源を切ったら、夜が夜らしくなった。

ひとりのときに無音になるのがなんとなくいやで、テレビをつけてしまうことはよくある。とくに番組を観るわけではない。ただテレビがついていると安心するから。 仕事中も休んでいるときも、ほとんど一日中つけっぱなしのときもたまにあ...

波佐見焼の黄色いマグカップ

先日、うっかり手をすべらせて、ながいあいだ使っていたマグカップを落として割ってしまった。そのマグカップは地味な色のカップだった。いつもなら、そんなとき、またおなじようなカップを時間をかけてさがして、吟味して買うのだけれど...

生きながらえた桜の木

自宅のある場所から最寄り駅に向かう途中に橋を渡る。その橋のたもとの土手には桜の老木が数本ならんで立っている。その一列の桜の老木がすべて、伐採されるという通告が昨秋にあった。 桜の木の下に目立つように置かれた看板には、管理...

南国時間

日本にいるときもハワイにるときも、ぼくの暮らしのリズムがさほど変わらないのは、南国で暮らす人々にありがちなどこか怠惰な部分が、遺伝子のなかにもともと組み込まれているからなのかもしれない。なんとなく一日をぼんやりすごして、...

「クロマティー的」人生哲学

そのむかし、ぼくが野球少年だったころ、巨人にクロマティーという選手がいた。野球好きでなくても、その名をおぼえているひとは多いだろう。 いまの野球界とおなじように、当時も、少年のこころに強烈な印象をあたえたスター選手がいた...